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最高裁判所第一小法廷 昭和56年(あ)1354号 判決 1983年2月24日

主文

原判決中被告人を有罪とした部分を破棄する。

被告人は無罪。

理由

弁護人高見澤昭治、同高橋利明、同田岡浩之の上告趣意は、違憲をいう点を含め、実質は、事実誤認、単なる法令違反の主張であつて、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

しかしながら、所論にかんがみ職権で調査すると、原判決は、刑訴法四一一条三号によつて破棄を免れない。その理由は、以下に述べるとおりである。

一被告人は、左記のとおり、いずれも、東京都府中市○○×丁目×番××号の自宅において、自己の長男甲田一郎(以下「一郎」という。)の友人である高校生乙川太郎(以下「乙川」という。)から、同人が他から窃取してきた物品を、それらが盗品であることの情を知りながら買い受け、もつて賍物の故買をしたとして起訴されたものである。

1  昭和五一年四月六日付起訴状記載の公訴事実第一(以下「追起訴状第一事実」という。以下同様。)

昭和五〇年一〇月一一日ころ、一四金ダイヤモンド付指輪、一八金台ジルコン付指輪、一八金ネックレス各一個(時価合計六万九〇〇〇円相当)を代金一万円で故買。

2  本起訴状第二事実

同月二五日ころ、カセットラジオ一台(時価二万円相当)を代金一万円で故買。

3  本起訴状第三事実

同月二六日ころ、プラチナ台ダイヤモンド付指輪、一八金台メキシコオパール付指輪、模造真珠ネックレス各一個(時価合計一三万八〇〇〇円相当)を代金三万円で故買。

4  昭和五一年四月三〇日付追起訴状記載の公訴事実第一(以下「追起訴状第一事実」という。以下同様。)

昭和四九年一〇月六日ころ、一八金台紫水晶付指輪、一八金台ヒスイ付指輪、プラチナ製指輪各一個、ブローチ二個(時価合計二万三九〇〇円相当)を代金四〇〇〇円で故買。

5  追起訴状第二事実

昭和五〇年五月中旬ころ、プラチナ製鎖ネックレス一個(時価一万円相当)を代金二〇〇〇円で故買。

6  追起訴状第三事実

同月一三日ころ、プラチナ台紅水晶付指輪一個、ペンダント二個(時価合計四万五〇〇〇円相当)を代金四〇〇〇円で故買。

7  追起訴状第四事実

同年一二月下旬ころ、カセットテープレコーダー一台(時価一万二〇〇〇円相当)を代金五〇〇〇円で故買。

これに対し、被告人は、右各故買の事実を全面的に否認し、ただ、昭和五一年二月中旬ころ、乙川から、一郎を介して、乙川の両親がけんかをし母親が家を出るので二万円を貸してくれるように頼まれ、これを貸した際、前記物品のうち、一八金台ジルコン付指輪(本起訴状第一事実)、一八金台メキシコオパール付指輪、模造真珠ネックレス(以上二点本起訴状第三事実)、プラチナ台紅水晶付指輪、ペンダント二個(以上三点追起訴状第三事実)の合計六点を預つたことがあるにすぎず、これらの物品が賍物であることは知らなかつた旨弁解していた。

第一審は、被告人方から発見されなかつた一部の物品につき、その特定に合理的な疑いが残るとして、追起訴状第一事実を無罪とし、他の一部の公訴事実についても同様の理由から一部の物品を除外したほかは、起訴事実に沿う乙川の供述を信用することができるとして、ほぼ各公訴事実どおりの賍物故買の事実を認定して、被告人を徴役一〇月、罰金四万円に処した。

被告人が事実誤認等を理由として控訴したところ、原審は、乙川の供述は、その供述内容自体においても信用性に疑いを抱くべき点があることに加えて、第一審において取り調べられず原審において始めて取調を受けた一郎は前記被告人の弁解に符合する証言をしており、右証言は、一郎が本件の捜査当時においてすでに同旨の供述をしていることや、これを一部裏づける証拠も存することなどに照らして直ちにその信憑性を否定し難いものがあるなど、原審の事実取調の結果によれば、乙川供述の信用性についてさらに一層疑問が深まつたとし、結局、第一審判決が有罪とした各賍物故買の事実を認定するについては、合理的な疑いが残り、証拠不十分であるから、第一審判決中右の部分は事実を誤認したものであるとして、これを破棄した。しかし、原審は、さらに進んで、原審において追加された予備的訴因に基づき、被告人は、昭和五一年二月中旬ころ、前記自宅において、乙川から、同人が他から窃取してきたネックレス等六点(予備的訴因にかかる物品のうち、追起訴状第二事実のネックレスを除外したものであつて、前記のように被告人がその弁解において乙川から預つたことを認めている物品。以下「本件物品」という。)を、それが盗品であるかもしれないことを認識しながら、一郎を介し、乙川に対する貸金二万円の担保として預り、もつて賍物の寄蔵をしたとの事実を認定し、被告人に対し、懲役四月(執行猶予二年)、罰金二万円の刑を言い渡した。

二ところで、原判決が、被告人において本件物品を預つた際それらが盗品であるかもしれないと認識していたとの事実を認定した理由として説示するところは、(イ) 本件物品は時価合計約六万四〇〇〇円相当のものであること、(ロ) 被告人は本件物品を虫めがねで調べてみたりしてから二万円の金を出すことを承諾したこと、(ハ) 「両親がけんかをし、母親が家出をするので、この品物で金を貸してほしい」との乙川の話は、その内容自体からしても、また、乙川の母親が実際に家出したことをうかがわせる客観的状況が認められないことからも、甚だ不自然なものであり、にわかに信じ難いものというべきところ、被告人は、一郎から右の話を聞き、品物を見たほか、乙川の母親とはもう連絡がつかないとか、乙川はすでに帰つてしまつたという一郎の言葉を聞いただけで、たやすく金を出すことにしていること、(ニ) 被告人は、取調の当初においては、本件物品を乙川から預つたことを秘し、各地の質屋、骨とう屋、露店などで買つたものであると供述していたこと、(ホ) 右のように乙川から預つたことを秘していた理由につき、被告人は、一郎が乙川と一緒に悪いことをしているのではないかと心配し、また、自分の自衛官としての立場も考えたためであると述べていること、(ヘ) 被告人は、本件物品を確認してから金を出したのか、それとも金を出してから物品を見たのかという点について、供述を変転させており、どちらかといえば、品物を見ないうちに金を出したとする傾向がうかがわれるのであるが、本件貸金が被告人のいうように全く善意の援助行為であるならば、担保物確認の先後にこだわる理由がなく、右のような供述の変転は奇異の感を免れないこと、(ト) 被告人は、第一審では虫めがねで品物を見たことを否定したが、それはそのことを肯定すれば自分に疑いがかけられると思つたからであると原審において述べており、右は、被告人が品物を検認した際にそれが盗品ではないかとの疑念を抱いていたことを示すものとも考えられること、(チ) 本件物品は他の品物と特に区別がなされず雑然と保管されていたこと、(リ) 被告人と乙川の母親との間では、本件の事前にも事後にもなんら挨拶、話合いなどがされていないこと、以上のような諸点のほか、被告人方と乙川方の双方の家庭状況など諸般の事情を総合して判断すれば、被告人は、一郎を介して乙川から本件物品を預る際、右物品が盗品であるかもしれないことを認識していたものと認めるのが相当である、というにある。

三そこで検討すると、原判決が右に指摘する諸事実のうち、まず(イ)(ロ)の事実は、それ自体としては直ちに被告人の未必的認識を推認させるようなものとは考えられない。次に、(ニ)(ホ)(ヘ)(ト)の事実についてみると、このように被告人が当初本件物品を乙川から預つたことを秘匿したり、また、被告人が右物品を預つた際それが賍品であることを知つていたのではないかと疑われることに対する強い警戒心を有していたことをうかがわせる供述態度を示していることは、これらについての被告人の弁解内容と相俟つて、被告人の意識にやましさがあつたこと、ひいては本件物品の賍物性について少なくとも未必的認識があつたことを推認させるひとつの徴憑となりえないものではなく、(ハ)(チ)(リ)の事実も、被告人は、本件物品を担保とする乙川の金銭借用依頼の理由の説明を必ずしもそのまま信用してはいなかつたのではないか、少なくともこれらの点についてあまり関心がなかつたのではないか、また、乙川が借用金を返還して本件物品を取り戻しに来ることなどあまりあてにしてはいなかつたのではないか等の疑いを生ぜしめるものであり、ひいては同じく被告人の賍物性の未必的認識の肯定につながる可能性をもつ徴憑であることを全く否定することはできない。しかしながら、以上の各事実は、いずれもそれだけでは、あるいは被告人に右未必的認識があつたかもしれないとの推測を生ぜしめる程度の証明力しかもつものではなく、他に被告人と乙川との従来の関係、乙川の人物や素行についての被告人の認識、本件物品の性状及びその対価の額、この種の物の売買や収受に関する被告人の従前の行動等の点においてさらに右の推認を強める特段の事情が認められない限り、右の事実だけでは未だもつて被告人に本件物品の賍物性について未必的認識があつたとの推断を下さしめるには足りないといわなければならない。

しかるに、本件において、盗品をめぐる乙川と被告人との交渉に関する乙川の供述の信用性が否定され、本件物品を被告人が所持するに至つた経緯についても乙川の供述が排斥されて被告人の弁解が採用される以上(この点に関する原判断は、記録に照らして相当と認められる。)、盗品をめぐる両者の交渉としては本件物品の授受が最初で唯一のものであつたとせざるをえず、かつ、右のように乙川の前記供述部分の信用性が否定され、ひいてそれ以外の被告人に関係のある供述部分についても、全体としてその信用性が失われる結果、これを証拠として、乙川が盗みなどの非行をしたり、あるいはこれをしかねない少年であることを被告人が知つていたか、又は容易に知りうる状況であつたことを認めることができず、他にこれを認めさせるような証拠は存在しないのである。また、本件物品はいずれも、この種の物としては特に高価な品というわけではなく、通常の家庭の主婦が持つていても格別不審に思われるようなものではないし、合計時価約六万四〇〇〇円相当の物を預つて二万円を貸与したことについても、対価が賍物性の未必的認識を推測させるほど低いものであるともいえない。さらに被告人が従来利得目的で貴金属類の売買等を反復して行つていたとの事実を示すような証拠も見あたらず、要するに右に挙げたような特段の事情の存在については、その証明がないのである。なお、原判決は、前記(イ)ないし(リ)の諸事実のほかに被告人方と乙川方の双方の家庭事情など証拠により認められる諸般の事情をも総合して被告人の未必的認識を認定しているが、そこにいう双方の家庭事情や諸般の事情が何を指すのか必ずしも明らかでないのみならず、記録を検討しても、これまで述べた点以上にかかる未必的認識を推認せしめる根拠となるような事実を見出すことはできない。

以上の点に加え、被告人が二三年間にわたり自衛官として勤務してきた前科のない者であることなどを考慮すると、本件において、被告人に本件物品が盗品であることについての未必的認識があつたものと認定するに足りる十分な証拠があるとは、とうていいうことができない。

四そうすると、原判決が、前示のような理由のみをもつて右認識の存在を認め、被告人に有罪を言い渡したことは、証拠の評価を誤り、判決に影響を及ぼすべき重大な事実誤認を犯したものといわざるをえず、原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認められる。

よつて、刑訴法四一一条三号により原判決の有罪部分を破棄し、当裁判所において直ちに判決をするのを相当と認めるので、同法四一三条但書、四一四条、四〇四条、三三六条により、主文のとおり判決する。

この判決は、裁判宮団藤重光の補足意見及び裁判官谷口正孝の意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。

裁判官団藤重光の補足意見は、次のとおりである。

一わたくしは、まず、原審における予備的訴因の追加の許可(昭和五五年七月一五日決定)がはたして適法であつたかどうかについて、所見を述べておきたい。

多数意見の冒頭に要約されているとおり、被告人は、昭和四九年一〇月六日ころから同五〇年一二月下旬ころまでの七回にわたつて、長男一郎の友人乙川太郎から同人が他から窃取して来た十数点にのぼる物品を自宅において故買したということで、起訴されたのである。これに対して、被告人は、これらの故買の事実を全面的に否認し、ただ、これらの物品の中で指輪など六点だけについては、被告人が乙川から一郎を通じて二万円の借金を申し込まれた際にその担保として一郎を介して預かつたことを認めたが、それらが賍物であることは知らなかつたと主張していた。そこで、検察・弁護双方の政防は、上記の各故買事実の存否をめぐつて、きめ手となる「盗品を被告人に買つてもらつた」旨の乙川の供述の信憑性の有無が焦点となつたのであつた。

第一審は、乙川の供述を措信して、公訴事実中一部を除く大部分について有罪を認めたので、有罪部分について被告人側からの控訴申立があり、事件は控訴審に移つた。控訴審においては弁護側の防禦が次第に功を奏し、弁論終結の段階では、弁護人としては本位的訴因について無罪判決を確信するにいたつていたであろうことは、原審第一一回公判期日における弁護人・検察官双方の弁論要旨(記録第四冊三九丁以下、七〇丁以下)を比較してみても、容易に看取される。ところが、この段階にいたつて、突如として、弁論再開の上、賍物寄蔵の予備的訴因の追加がみとめられたのである。

この予備的訴因は、被告人は昭和五一年二月中旬ころ、自宅において、乙川から、同人が他から窃取して来たネックレス、指輪等七点を、情を知りながら、一郎を介し、乙川に対する貸金二万円の担保として預かり、もつて賍物の寄蔵をしたものである、というのである(記録第四冊一一六丁)。

これは、犯行の日時の点で本位的訴因とのあいだに四箇月ないし九箇月ものひらきがあるのであつて、目的物こそ同一であるとはいえ、このようにかけはなれた日時における故買と寄蔵とが、はたして公訴事実の同一性の範囲内のものといえるかどうかについても(刑訴法三一二条一項参照)、疑問の余地がないではないが、賍物罪の特殊性からいつても、また、既判力の範囲の考慮からいつても、この点は不問に付するのが相当であろう。

問題は、この予備的訴因の内容と、その追加の時期である。原審で陳述された弁護人の意見書にもあるとおり(記録第四冊一二一丁以下)、この予備的訴因に掲げられている事実は、外形的事実としては、被告人が当初から弁解として主張していた事実そのものであり、検察官としては、それまでにこのような予備的訴因の追加請求をする機会はいくらもあつたのにかかわらず、この段階にいたつて、はじめてそれをしたのである。

おもうに、手続の初期の段階におけるのとちがつて、実体形成がここまで進んだ手続段階において、しかも弁護側の防禦活動の結果を逆手にとるような訴因変更をみとめることは、公正な攻撃防禦を主眼とする当事者主義の理念にもとるものというべきであろう(松尾浩也・警察研究四五巻〔昭和四九年〕一一号一〇四頁参照)。

もつとも、わたくしは、これだけで、すぐに、本件予備的訴因追加を不適法とみるつもりはない。わたくしは、ここで、改めて、控訴審における訴因の追加・変更の問題について考えてみなければならない。私見によれば、控訴審においても、原判決の破棄を前提として、訴因の追加・変更が許されるべきであるが、そのばあいには、新訴因について被告人側に充分に防禦を尽させるために、原則として第一審に事件を差し戻す必要がある。控訴審において新訴因にもとづいて自判が許されるのは、それによつて被告人の実質的な防禦の利益を害することにならないような特段の事情のあるばあいにかぎるべきである。そうすると、このような特段の事情のみとめられない本件においては、かりに予備的訴因の追加をみとめるとしても、第一審判決を破棄した上、事件を第一審に差し戻すべきであつた。ところが、本件では、起訴(昭和五一年四月六日)以来、予備的訴因追加の許可までにすでに四年三箇月以上、原判決の宣告(昭和五六年七月一四日)までには五年三箇月以上の日子を経過しているのである。このようなばあいに第一審へ事件を差し戻すことは、あきらかに迅速な裁判(憲法三七条、刑訴法一条)の要請に反するといわなければならない。のみならず、本件ではもつとも重要な証人である乙川はその段階ではすでに死亡していたのであるから、かりに第一審に差し戻しても充分な審理を行うことは困難であつたのであり、被告人の防禦の面においても重要な支障を生じていたのである。

以上の事情を総合して考えると、本件予備的訴因追加を許可した原審の措置は不適法であつたというべきであり、原審は、本位的訴因について犯罪事実の証明がない以上、第一審判決を破棄してただちに無罪の判決を言い渡すべきであつたといわなければならない。

二かようにして、当審においても、本来ならば、右のような手続上の違法を理由として無罪の自判をするべきところであつた。谷口裁判官はまさしくそれを主張されるのであり、わたくしもこれに対して満腔の敬意を惜しむものではない。

しかし、さらに進んで考えると、訴因の適法性は訴訟条件の問題に直結するものではなく、訴因について上記のような違法があるからといつて、原判決がその訴因についてした犯罪事実の認定の当否について当審が実体に立ち入つて審査することじたいを、すこしも妨げるものではない。そうして、現に当審においてそのような審査をした結果、犯罪事実の証明があるとはいえず、実体的にも無罪を言い渡すべきものであることがあきらかになつたのである。すでに当審においてここまで実体形成が進められた以上、原審が違法に予備的訴因の追加を許可したという手続上の瑕疵をとがめ立てるべき段階はもはや過ぎ去つたものとみるべきである。これは、いうまでもなく、瑕疵の治癒ではなく、瑕疵の治癒は依然として残つている。しかし、被告人の立場に立つて考えるとき、予備的訴因追加の手続的な違法を理由として無罪を言い渡されるのと、予備的訴因じたいについても犯罪の証明がないことを理由として無罪を言い渡されるのと、どちらがいつそう利益であろうか。法技術的には両者のあいだにはなんらの差異もないといえようが、刑事裁判においては法技術的なものをこえる人間的情緒の要素を無視し去つてはならないのであつて、そのような見地に立つて考えるときは、あきらかに後者が利益であるというべきである。もともと訴因は被告人の防禦の利益のために設けられた制度である。犯罪の証明がないことがあきらかになつた段階で、なおかつ証拠不十分の理由による無罪の言渡を避け、もつぱら手続上の理由によつて無罪を言い渡すべきものとするのは、かえつて訴因制度の本旨に反することになりはしないかとおもう。

法廷意見は、訴因論に立ち入ることをしないで、端的に実体的理由から無罪の結論に到達しているのであるが、わたくしは、以上に述べたような見地において、全面的にこれを支持するものである。

裁判官谷口正孝の意見は、次のとおりである。

私も、原判決を破棄し、当裁判所において自判のうえ、被告人に対し無罪判決の言渡しをすることについては、異論はない。

然し、私は、本件については、原裁判所がそもそも終結した弁論を再開したうえ予備的訴因の追加を許可したことは違法であり、原裁判所として第一審判決の認定した被告人と原判示の乙川太郎との間の第一審判決認定の盗品の売買の事実じたいにすべて誤認の疑いがあるとしたのであれば当然その段階において第一審判決を破棄七、無罪の裁判をすべきであつたと思う。

なるほど、控訴審において訴因の変更の許されることは当裁判所の判例の示すところであるが、その訴因変更は無条件に許されるわけではなく、「訴訟記録並びに原裁判所及び控訴裁判所において取り調べた証拠によつて原判決を破棄し自判しても被告人の防禦上実質的利益を害しないと認められるようなとき」という制約に服すべきことも既に当裁判所の判例に示すところである(最高裁昭和三〇年一二月二六日第二小法廷判決・刑集九巻一四号三〇一一頁)。控訴審において、被告人が第一審以来検察官の提起した訴因事実に対してしてきた防禦を実質上徒労に帰せしめるような訴因変更を認めることは、刑事裁判における審理手続の正義、公平の観点からしても許されるべきではあるまい。

ところで、本件についてこれをみるのに、検察官は、起訴、追起訴において昭和四九年一〇月六日ころから同五〇年一二月下旬ころまでの間七回にわたり被告人が乙川太郎から同人が他から窃取してきた指輪、ネックレス、カセットテープレコーダー等を盗品たることの情を知りながら買い受け賍物故買をしたとの事実を訴因として審判を請求した。これに対し、被告人及び弁護人は右訴因事実全部について乙川太郎からの購買の事実じたいを争い、起訴状公訴事実第一事実記載のジルコン指輪一個、同第三事実記載のメキシコオパール指輪、模造真珠ネックレス各一個及び追起訴状公訴事実第三事実記載の紅水晶指輪一個、ペンダント二個については、乙川太郎から同人の母親が夫婦喧嘩をして家出するについて所持金がないから金を貸してくれとの申出を受けた被告人の長男一郎が、被告人に対し金を貸してくれるように依頼したので、被告人はこれを承諾し金二万円を乙川太郎に貸与するとともに右指輪等六点をその貸金の返済を受ける迄預り保管したもので、それらが盗品であることは全然知らなかつたと弁解した。

そこで、第一審においては専ら各訴因事実について被告人が乙川太郎から当該各記載の物品を購入した事実の有無が争点となつた。検察官は公訴事実に副う趣旨の供述をしている乙川太郎の証人尋問調書、同人の検察官に対する同旨の供述調書及び同人の窃取してきた盗品のうち多くの物が被告人方居宅で発見、押収されていることを有罪立証の柱としていた。被告人及び弁護人は、検察官主張の被告人が乙川太郎から訴因事実各記載の物品を購入した事実の存在を否定するため、同人の供述が虚構であるゆえんを主張立証して、その信憑性を争い、被告人方居宅で発見された乙川太郎の盗品のうち右被告人の弁解にかかる物品以外は前記一郎が乙川太郎の依頼を受け預り保管したものであることなどの立証に努めたのであるが、第一審判決は、追起訴状記載の公訴事実中第一の訴因事実については乙川太郎が被告人に売却した物品の特定性について疑問があるが、その余の公訴事実記載の各訴因事実については、乙川太郎の証人尋問調書、同人の検察官に対する供述調書中の検察官の主張に副う各供述は十分信用できるとし、これに反する被告人の供述は前記弁解事実を含めてとうてい信用できないとしてこれを排斥したのである。

次いで、原審においても、被告人及び弁護人は、第一審判決が有罪認定の根拠とした乙川太郎の証人尋問調書、同人の検察官に対する供述調書の信憑性の攻撃に全立証活動を集中し、検察官は、被告人の前記指輪等六点を乙川太郎から貸金の返済を受けるまで被告人の長男一郎を介して預り保管した旨の弁解を含めて被告人の供述はその内容においてすべて不合理で首肯できないと主張したのであつた。然るところ、原審が事実の取調べを行い審理を重ねた結果、右乙川太郎の証人尋問調書、同人の検察官に対する供述調書中の同人の供述が、原判決が詳細に説明するように客観的事実に反するところもあり、全体として信用性に欠けるものであることが明らかにされたわけである。そして、乙川太郎が窃取してきた盗品のうちカセットテープレコーダー及びカセットラジオが被告人方居宅で発見されるにいたつた経緯についても、前記一郎が乙川太郎から預り保管していたものであることが立証されたのである。被告人及び弁護人の防禦・立証活動は成功したというべきであつた。

然るに、原審は職権により弁論を再開し、検察官はその段階において予備的訴因の追加を求めたのである。その訴因事実とされた事実は、それまで検察官が合理性を欠き首肯できないとしていた被告人の前記弁解に副う事実であつた。

そして、原審は、右訴因の予備的追加申立に対する弁護人の異議申立を却下し、右申立を許可したうえ、右予備的訴因追加申立書記載の事実について被告人を有罪とした(但し一部を除いている)。

右原審における訴訟審理の経過を考えると、検察官は第一審判決が有罪とした事実について、自らの有罪の主張が維持できなくなつた段階において、従前合理性を欠き首肯できないとした被告人の弁解事実を採りあげ、逆にこの事実に副つて有罪主張の理由を構成しているのである。

私は、本件予備的訴因追加の申立は刑事訴訟手続における公平の理念に反するものと思う。のみならず、第一審判決が有罪とした六件の賍物故買の事実と予備的訴因追加申立書記載の唯一回の、しかも被告人の長男一郎を介し、その友人である乙川太郎に対する貸金二万円の担保として賍物を預り保管したという事実(この事実のみを被告人の犯行とする場合、前科、前歴もなく、しかも長年にわたり国家公務員としてまじめに勤務してきた被告人に対しては、果して起訴されたかどうかも問題であろう。)とでは、事件の質を異にし、被告人及び弁護人の知情の点の防禦、その立証の方法についても異るものがある。本件の予備的訴因追加申立は、被告人及び弁護人の虚をつき、実質的に防禦上の不利益を強いるものであり、右申立は許可されるべきではなかつたと思う。

従つて、原審としては第一審の有罪認定を事実誤認として破棄するのであれば、被告人に対し右有罪とされた訴因事実について直ちに無罪の言い渡しをすべきであつたと考える。然しながら、多数意見も被告人に対し予備的訴因追加申立書記載の事実について無罪とするものであるから、私としても被告人に無罪を言い渡すという結論においてこれに従うことにした。

(中村治朗 団藤重光 藤﨑萬里 谷口正孝 和田誠一)

弁護人高見澤昭治、同高橋利明、同田岡浩之の上告趣意<省略>

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